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大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)1257号 決定

主文

一  債権者らの本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一  債権者らの申立て

一(主位的)

債務者は、別紙物件目録(二)記載一ないし五〇の土地及びその各地上に存する建物(将来新築する建物を含む。)を、土地については別紙「譲渡を禁ずる価格の下限(一)」の土地の一平方メートル当たりの単価、建物については別紙「譲渡を禁ずる価格の下限(一)」の建物の床面積一平方メートル当たりの単価以下の価格で、第三者に譲渡してはならない。

(予備的)

債務者は、別紙物件目録(二)記載一ないし五〇の土地及びその各地上に存する建物(将来新築する建物を含む。)を、土地については別紙「譲渡を禁ずる価格の下限(二)」の土地の一平方メートル当たりの単価、建物については別紙「譲渡を禁ずる価格の下限(二)」の建物の床面積一平方メートル当たりの単価以下の価格で、第三者に譲渡してはならない。

二 債務者は、別紙物件目録(二)記載一ないし五〇の土地及びその各地上に存する建物(将来新築する建物を含む。)を、宅地建物取引業者もしくは自ら居住を目的としない第三者に譲渡してはならない。

第二  事案の概要

一  本件は、債務者から分譲住宅を購入した債権者らが、債務者代理人との合意等に基づき、債務者が将来分譲を予定している物件について、一定の価格以下で販売すること及び不動産業者等に対する販売とこの各禁止の仮処分を求めた事件であり、以下の事実は、当事者間に争いがないか本件疎明資料により容易に認定される。

1  債務者は、宅地の開発・分譲・仲介及び住宅の建設・仲介を業とする会社であるが申立外日本勤労者住宅協会が所有する奈良市五条町字大亀谷及び同市中街字初毛谷所在の土地を、分譲住宅用地として同協会と提携して開発することを計画した。平成元年七月に七七区画の宅地と公園・集会所用地の造成工事が完了し、この各区画の宅地に順次住宅を建築して分譲することにし、その工事に着手した。分譲は、各区画の建物が完成し販売可能となつた住宅三、四戸毎に、期間を定めて販売するという方法をとることになつた。債務者は、同協会が分譲用の区画に合わせて必要な分筆・合筆を行つた各分譲用地について、同年七月から八月にかけて売買によりその所有権を取得し、これを「学園前ガーランドヒル」との名称を付して分譲を開始することにした。一般への分譲については、これを関連会社である申立外西松住建株式会社(以下「西松住建」という。)に委託し、西松住建は債務者の代理人として、一般顧客との間で学園前ガーランドヒルの各区画の売買契約の交渉並びにその締結にあたることになつた。

2  債権者らは、平成元年一〇月二四日から平成二年一〇月一〇日までの間に、債務者の代理人である西松住建との間で、学園前ガーランドヒルの分譲住宅の中の別紙物件目録(一)記載一ないし一五の不動産について、債務者からそれぞれ単独であるいは共同して、次のとおりの各不動産(分譲区画)を、各契約日付の日に各売買代金額(消費税込み)で売買する旨の契約を締結した。

(一) 債権者岸田忠雄

対象不動産 別紙物件目録(一)記載一五の土地(七五号地)、建物

契約日 平成元年一〇月二四日

売買代金 八七五二万九〇〇〇円

(二) 債権者沢村実(持分一〇〇分の四三)、同沢村文子(同一〇〇分の九)、同平沢栄市(同一〇〇分の三二)、同平沢キヨ子(同一〇〇分の一六)

対象不動産 同目録(一)記載一四の土地(六七号地)、建物

契約日 平成元年一一月三日

売買代金 七九八八万八〇〇〇円

(三) 債権者西ケ峰勝一

対象不動産 同目録(一)記載一三の土地(六六号地)、建物

契約日 平成元年一一月七日

売買代金 九一〇九万一〇〇〇円

(四) 債権者伊藤鎮明(持分五〇分の四七)、同伊藤洋子(同五〇分の三)

対象不動産 同目録(一)記載一二の土地(七一号地)、建物

契約日 平成元年一二月一六日

売買代金 一億〇六三八万五二五〇円

(五) 債権者井上国彦

対象不動産 同目録(一)記載一一の土地(四四号地)、建物

契約日 平成元年一二月一九日

売買代金 一億一二七四万七〇五〇円

(六) 債権者坂井伸五(持分三分の二)、同坂井仁美(同三分の一)

対象不動産 同目録(一)記載一の土地(七〇号地)、建物

契約日 平成二年一月一四日

売買代金 一億〇五三七万〇四五〇円

(七) 債権者田中延昭

対象不動産 同目録(一)記載一〇の土地(四五号地)、建物

契約日 平成二年一月一四日

売買代金 一億一一一一万八三六〇円

(八) 債権者阪井時昭(持分一〇分の七)、同田中善三郎(同一〇分の三)

対象不動産 同目録(一)記載九の土地(四二号地)、建物

契約日 平成二年一月一五日

売買代金 一億〇一六九万五四五〇円

(九) 債権者浦成男

対象不動産 同目録(一)記載八の土地(四三号地)、建物

契約日 平成二年一月一八日

売買代金 一億〇八七四万八〇八八円

(一〇) 債権者相川克寿

対象不動産 同目録(一)記載七の土地(七二号地)、建物

契約日 平成二年二月二四日

売買代金 一億三三三九万六九三〇円

(一一) 債権者福本伸(持分一〇分の七)、同福本信江(同一〇分の三)

対象不動産 同目録(一)記載六の土地(七四号地)、建物

契約日 平成二年三月二五日

売買代金 一億二一二五万一〇五〇円

(一二) 債権者北口隆

対象不動産 同目録(一)記載五の土地(三六号地)、建物

契約日 平成二年五月二〇日

売買代金 一億三五一九万七六三〇円

(一三) 債権者丸久鉄工建設株式会社

対象不動産 同目録(一)記載四の土地(三七号地)、建物

契約日 平成二年五月二六日

売買代金 一億三〇七三万八三九〇円

(一四) 債権者末吉馨

対象不動産 同目録(一)記載三の土地(七三号地)、建物

契約日 平成二年六月八日

売買代金 一億二一五五万九一六〇円

(一五) 債権者岩井伸子

対象不動産 同目録(一)記載二の土地(六五号地)、建物

契約日 平成二年一〇月一〇日

売買代金 一億三〇四〇万九六九〇円

3  ところで、昭和六二年ころから、いわゆるバブル経済の時代が到来し、地価や株価は急激に上昇した。当然のこととして、学園前ガーランドヒルもその地価の上昇が著しいものであつたが、平成二年四月ころには、不動産に対する融資についての総量規制がなされ、公定歩合の引き上げ、国土利用計画法(以下「国土法」という。)の規制強化などの政策がとられたこともあつて、不動産取引は急激に冷え込み、地価は急激な下落を始めた。大阪周辺地域においては同年前半に地価はそのピークを迎え、同年秋ころから下落を始めた。このようなバブル経済の崩壊を背景として、平成三年ころから、債務者は学園前ガーランドヒル内の区画について、別紙「債務者会社の値下げの経緯」に記載のとおり、二号地については、平成二年五月では一億三二六〇万一七七〇円であつた販売価格を平成三年三月には八八六五万七〇〇〇円と下げ、同年一〇月には七八六五万七〇〇〇円にまで下げるというような(ピーク時を一〇〇とすると五九・三一になる。)値下げ広告を出して、これらの区画の値下げ販売を行うに至つている。そして、債務者は、平成三年八、九月に学園前ガーランドヒルの区画のうち、既に建物の建築を終えた一四戸(一四区画)分を、関連会社である申立外株式会社大久ハウジングに売却し、そのうち七戸については西松住建を代理人として一般に売却されたが、残りの区画である二、四、六、七、一六、四〇及び四一の各号地の七戸は未だ売却されるに至つていない。

二  争点

1  値下げ販売をしない旨の合意の有無及びこの合意を根拠として一定価格以下の代金で不動産を販売することの禁止を求めることの可否

2  学園前ガーランドヒルに合計七七戸の高級分譲住宅を完成させる合意の有無及びこの合意を根拠として不動産業者等に対して不動産を販売することの禁止を求めることの可否

3  分譲住宅の売買契約の余後効を根拠として一定価格以下の代金で不動産を販売することの禁止及び不動産業者等に対して不動産を販売することの禁止を求めることの可否

4  保全の必要性

第三  争点に対する判断

一  値下げ販売をしない旨の合意について

1  本件疎明資料に審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

(一) 西松住建においては、債務者が事業主となつて開発分譲する土地付新築住宅(注文住宅を含む。)の販売代理業務については分譲営業部がこれを担当しており、平成元年から同三年当時においては、分譲営業部長北野正次(以下「北野部長」という。)以下、同部次長植木博史(以下「植木次長」という。)、同部営業係長絹谷征司(以下「絹谷係長」という。)、同部営業部員中園信夫(以下「中園営業部員」という。)、同守谷一浩(以下「守谷営業部員」という。)及び同坂本学(以下「坂本営業部員」という。)らが学園前ガーランドヒルの販売代理業務を担当していた。

(二) 北野部長は、債権者阪井時昭に対し、平成二年一月一五日に同債権者との間で四二号地の売買契約を締結する際に、同債権者が将来に値下げのないことを確認したところ、他の営業部員らと「値下げなど資産価値を下げるようなことは絶対にしない。」と述べ、債権者浦成男に対し、同債権者が四三号地の購入契約に先立ち平成二年一月六日西松住建本社を訪れた際、購入価格が安くならないのかと尋ねられて、「値引きは絶対にできません、この価格も国土法でこれ以上、上げられないので建物のほうで上乗せしている位なんですから。」と答え、債権者北口隆に対して、平成二年五月二〇日に三六号地の売買契約を締結する際、「今の時代に不動産の値下がりなどあるはずがない、西松としては絶対に値下げはしない。」と述べた。また、債権者らが「学園前ガーランドヒル買主合同委員会」(以下「合同委員会」という。)を組織し、平成三年六月二九日に西松住建の本社で団体交渉をした際、債権者らがそれぞれ口々に『あの時あなた方は「値を下げない。」ということを言つたではないか』と問いただしたところ、これに対して「そのとおりである。」旨の返答をした。

(三) 植木次長は、債権者岸田忠雄に対し、その契約に至る交渉の中で、「今後販売していく物件は一億を超えるので大変幸運である。値段はこれ(八七五二万九〇〇〇円)以下になることはない。」との説明をし、債権者西ケ峰勝一に対し、平成元年一一月七日に六六号地の売買契約を締結するに際して、「七七邸は三年以内に完成の予定で、まだまだこれから家は値上がりします。下がることはあり得ません。」と述べ、債権者伊藤鎮明、同伊藤洋子に対し、七一号地の購入交渉中に、「二、三年のうちに七七戸の町並みも完成するし、家も一軒、一軒独自性をもつた学園前の有数の高級住宅街となり、今よりずつと良くなり、今がチャンスであるし、資産価値は大きい。」、「値上がりはあつても値下がりはない。」などと述べ、また平成元年一二月一六日に右物件の売買契約を締結するに際しても、「これからますます(地価が)値上がりしていく。」と述べ、債権者丸久鉄工建設株式会社の代表者の久寿一に対し、平成二年五月二六日に三七号地の売買契約を締結する際、当時不動産価格が毎月毎月値上がりする状況であつたので、「まだ上がるのか、そのうち下がるのではないのか」との質問に、「まだまだ上がりますよ、いつたん上がつたものは下がりませんよ。」と答え、値下げを要求する同人に対して「他の客に対しても一切値引き販売をしていない、他の客と不公平になることはしない。」と述べ、債権者末吉馨との間で平成二年六月八日に七三号地の売買契約を締結するに際して、同債権者からの今後値引きやサービスをしないのかとの質問に、「今後とも一切の値引きもサービスもしない。」と答え、債権者岩井伸子の代理人である長男の岩井一也に対し、平成二年一〇月一〇日に六五号地の売買契約を締結する際、坂本営業部員とともに「絶対に値下げをしない。」と述べた。

(四) 絹谷係長は、債権者坂井伸五に対し、同債権者が契約を締結する前に現地を訪れた際、「価格は国土法の基準をパスしており問題はない。これから値段を上げることはあつても、下げることなど全く考えていない。」との説明をした。

(五) 中園営業部員は、債権者沢村実、同沢村文子に対し、平成元年一〇月から一一月にかけて同債権者ら宅で、「これからもつと価格上昇になるため損をすることはない。まして、第一期第一次販売価格から上がることはあつても下げることは決してしない、絶対お買い得です。七七戸を三年位で完売する予定であり、他社に転売することなど考えられない。」と述べ、債権者井上国彦に対し、平成元年一二月上旬ころ、同債権者が四四号地を購入するにあたり下取物件の査定価格を上げるかそれが無理であるならば売買代金を下げて欲しいとの要望を出したところ、「今後このあたりはどんどん上がるのでこれでも十分お買い得ですよ。うちは絶対に値下げしたり、値引きしたりしない。」と述べ、債権者田中延昭に対し、同人が平成元年一二月九日に四五号地の購入の申込のため現地に行つた際、転売して儲けた人の例を述べたうえ、「まだまだ(地価が)上がる。」と強調し、債権者末吉馨に対し、同債権者が七三号地を購入するに先立ち現地を訪れた際、今後値引きやサービスをしないのかと尋ねられ、「そんなことは一切しないし、先住者の手前もあり、値引きすることは絶対にできない。」と述べた。

(六) 守谷営業部員は、債権者阪井時昭に対し、同債権者が平成元年一一月五日に学園前ガーランドヒルの現地を訪れた際、「二、三年以内には七七邸を完成させ、住む人の心を満足させ、ステータスを感じさせる素晴らしい町並みができる。また、資産価値が上がることがあつても下がることはあり得ないし、西松自らが後の物件を値下げするなど資産価値を下げるようなことは絶対にしない。」と述べ、債権者北口隆に対し、平成二年五月一二日に現地で今後分譲予定の他の物件について値段を下げない旨説明し、同月二〇日西松住建の本社での売買契約締結の際、「三年以内には、この七七邸を完成させる。」と述べた。

(七) 坂本営業部員は、債権者福本伸に対し、同債権者が購入しようとしている七四号地について、「一億二〇〇〇万円であつたらいつでも売れるし、うちが売つてあげる。」と述べ、債権者岩井伸子に対し、同債権者が六五号地を購入する前に学園前ガーランドヒルの現地に出かけた際、「今後値下げをしない。二、三年のうちに町並みが完成し、集会所も建つ。現在残つている物件が売れるまでは、現在建築中の物件は販売しない。」と説明し、平成二年一〇月一〇日の前記売買契約締結の際、同債権者の代理人である長男の岩井一也に対し、植木次長とともに「絶対に値下げをしない。」と述べた。

(八) 北野営業部長以下の営業部員らから右のような説明を受けた債権者らは、各々が購入しようとする物件の価格が、将来において高騰することが見込まれるものであり、その購入当時において最も廉価であり購入しても損はしないとの思いを抱き、それぞれ購入を決意して、西松住建を代理人として債務者との間で前記の売買契約を締結するに至つた。しかし、右各売買契約においては、学園前ガーランドヒルの他の将来分譲を予定された物件の価格について、将来値下げをしない、一定の金額以下で売却しない、あるいは特定の者には売却しない、といつたような文言はいずれの売買契約書にも記載されていないし、またこのような約束文言を記載した書面は何ら作成されていなかつた。

2  右認定の事実からすると、西松住建の学園前ガーランドヒル分譲担当員である北野部長以下の営業部員らが、顧客である債権者らとのそれぞれの売買契約時あるいは契約締結に先立つ交渉の際に、債権者相川克寿及び各区画の共同購入者で売買契約を他の債権者に委任していた者を除く前項掲記の各債権者らのうち、債権者阪井時昭、同北口隆、同坂井伸五、同沢村実、同沢村文子、同井上国彦、同岩井伸子及びその代理人の岩井一也らに対して、学園前ガーランドヒルの他の物件について、将来値下げ販売をしない旨のことを述べ、債権者岸田忠雄、同西ケ峰勝一、同伊藤鎮明、同伊藤洋子、同丸久鉄工建設株式会社代表者久寿一、同田中延昭、同福本伸らに対して、今後地価が下がるはずがないとの趣旨のことを述べ、また債権者浦成男、同末吉馨らに対し、値引販売をしない趣旨のことを述べていることは明らかである。しかし、西松住建の北野部長らが債権者阪井時昭らに将来値下げ販売をしない旨述べたことをもつて、債務者において、将来の不動産市況の変動の有無にかかわらず、一方的に個々の債権者らとの売買単価を下回る価格で他の区画を分譲しないとの不作為義務を負担する旨の意思表示をしているものとみるにはあまりに内容が曖昧であり、しかも債権者らが主張するような重大な合意をしたのであれば、特段の事情がない限り、これを当然に売買契約書に特約条項として記載する等の書面化を図るのが通常であるにもかかわらず、右認定のとおりこのような措置が何らとられていないことが明らかであり、右のような北野部長らの言動をもつて、債務者の代理人である西松住建において債権者阪井時昭、同北口隆、同坂井伸五、同沢村実、同沢村文子、同井上国彦、同岩井伸子との間で、学園前ガーランドヒルの将来分譲予定の物件について、各債権者らの取得価格以下で販売しないという売買契約に付随する合意が成立したものと解することは到底できない。また、北野部長らの債権者岸田忠雄、同西ケ峰勝一、同伊藤鎮明、同伊藤洋子、同丸久鉄工建設株式会社代表者久寿一、同田中延昭、同福本伸らに対する言動は、その内容からして将来の地価の見通しを述べたものであることが明らかであり、また債権者浦成男、同末吉馨の両名に対する言動は、当該債権者の購入物件について値引きを拒否したに過ぎないものであり、債権者ら主張のごとき合意が成立したものとみることは到底できない。債権者相川克寿については、債権者ら主張の合意の存在を推認させるような事情はない(北野部長が平成三年六月二九日の合同委員会との団体交渉の席上でした前記認定の発言は、売買契約時あるいはその交渉段階でした発言を確認したものであり、その余の債権者らについてもそのような発言をした趣旨ではないことは、団体交渉の経緯から明らかであり、これをもつて右合意の存在を推認することはできない。)。

西松住建の学園前ガーランドヒル分譲担当員である北野部長らのした売買交渉時の言動について判断するに、前記のようにバブル経済の影響で、昭和六二年ころから平成二年前半にそのピークを迎えるまで、土地が本来有している価値以上に異常に高騰していたものであり、債権者のうちで最も遅い購入者である債権者岩井伸子が売買契約を締結した同年秋ころまでは、売手である不動産業者においても、地価の異常な上昇がいつかは終局を迎えることになるとは思いつつも、その終局時期がそんなにも早期に到来し、高騰を続けていた地価が急激に下がるものとまでは思いもつかなかつたものと認められること、不動産についても販売価格が一般の不動産市場での時価に影響を受けることは当然であり、営利業者としてより高い採算(その採算の程度及び是非についてはひとまず措く。)を考慮する以上、債務者が需要と供給とのバランスから決定される時価を離れて販売価格を全く自由に設定することはおよそ期待できないこと、学園前ガーランドヒルの各物件は概ね類似のものではあるものの、それぞれの個性は否定しがたいうえ、北野部長以下の個々の営業部員の債権者らそれぞれに対する発言内容も一義的でないことから考えると、西松住建の学園前ガーランドヒル分譲担当員らの売買交渉時の言辞は、債権者ら顧客に対する売買契約の誘引として楽天的な価格動向の見通しを述べた、いわゆるセールストークであるとみるのが相当である。

二  学園前ガーランドヒルに合計七七戸の高級分譲住宅を完成させる合意について

1  本件疎明資料によると、債務者は学園前ガーランドヒルの顧客向けのビラやパンフレットにおいて総戸数七七戸と記載し、「調和のとれた美しい街なみはそこで暮らす人のステータスを静かに主張します。」、「それぞれに個性を主張しながらも街全体が調和のとれた風格を醸し出しています。」とアピールしていること、債権者らにおいて債務者が学園前ガーランドヒルを個性と調和の統一された街として責任をもつて完成させるものと信じて各区画を購入するに至つていることが一応認められる。そして、前記一1で認定したとおり、植木次長が債権者西ケ峰勝一に対し、「七七邸は三年以内に完成の予定」、また債権者伊藤鎮明、同伊藤洋子に対し、「二、三年のうちに七七戸の町並みも完成するし、家も一軒、一軒独自性をもつた学園前の有数の高級住宅街とな(る)」と説明し、中園営業部員が債権者沢村実、同沢村文子に対し、「七七戸を三年位で完売する予定」と述べ、守谷営業部員が、債権者阪井時昭に対し、「二、三年以内には七七邸を完成させ、住む人の心を満足させ、ステータスを感じさせる素晴らしい町並みができる。」と、債権者北口隆に対し、「三年以内には、この七七邸を完成させる。」とそれぞれ述べ、また坂本営業部員が債権者岩井伸子に対し、「二、三年のうちに町並みが完成し、集会所も建つ。」と説明してることが明らかである。しかし、右パンフレット等の記載や西松住建の販売担当員の言動をもつて、債務者と各債権者らとの間に債権者ら主張のとおり学園前ガーランドヒルに合計七七戸の高級分譲住宅を完成させるについての個別的合意が成立したものとみるのは困難である。しかしながら右の各事実に住宅地において町並の完成が居住者にとつて格別重要な関心事であり、債権者らにおいて債務者が学園前ガーランドヒルに七七戸の高級住宅を完成させ、整つた町並みを完成してくれるものと信じたことが各物件の購入の動機となつていたことを併せ考えると、債務者は債権者らに対して、信義則上、学園前ガーランドヒルに七七戸の住宅を完成させて町並みを整えるべき付随的義務を負担したものと認めるのが相当である。

2  ところで、本件において、債権者らは債務者に対する右の学園前ガーランドヒルに七七戸の住宅を完成させて町並みを整えるということを内容とする作為給付請求権を被保全権利として、申立ての趣旨第二項の仮処分を求めていることが明らかであるが、この仮処分が係争物仮処分として申立てているものとすると、右作為給付請求権は、その給付内容自体抽象的で、何時までに如何なる形状の住宅を完成させ、また町並みをどのように整えるのかについて、いずれも具体性に欠けるものであつて、将来の強制執行の保全を目的とする係争物仮処分としての被保全権利適格を有しないものであつて許されないというべきである。これが係争物仮処分ではなく仮の地位仮処分として申立てているものとすると、仮の地位仮処分が係争物仮処分と異なり将来の強制執行の保全という目的を全くもたない仮処分であり、債権者に生ずる著しい損害又は急迫な危険を避けるために保全されるべき権利の内容をそのまま実現してしまうものであることからすると、本件において債権者らはそのような作為命令を求めるのではなく、将来において債務者自らの手で学園前ガーランドヒルを「高級住宅地」として完成させる(作為義務の強制的実現)ために、その履行が困難となるような行為を禁止しようとしており、いわば右作為請求権の執行保全のための係争物仮処分を求めていることになり、仮の地位仮処分としては許容できないことになる。そればかりでなく、債権者らにおいて、債務者に右作為義務の履行を本案判決前の現段階にさせなければ、著しい損害が生じるか又は急迫な危険があるというのであれば、作為内容を具体的に特定したうえで直截にその旨の仮処分を求めれば足りるものであつて、そのような危険性がないからといつて右の如き仮処分を求めることは許されないといわざるを得ない。また、これらの点を措くとしても学園前ガーランドヒルの七七戸の完成は債務者自身の手によつてなされるのが好ましいけれども、必ずしも債務者が独自で完成しなければならないというような代替性のないものではないこと、現在債権者らの購入した区画以外の物件についても造成地として区画割は終了しており、その区画地に住宅を完成するために要する費用が数十億円にものぼると考えられ、経済事情の変動から債務者が自力で開発を遂行することが困難となることも否定できず、その場合には債権者らの期待する作為給付の実現が結果的に不可能となつてしまうこと、現に株式会社大久ハウジングに譲渡された前記の物件について何らかの弊害が生じたことの疎明もないことからすると、債権者らの主張する作為給付請求権が係争物仮処分であれ仮の地位仮処分であれ、その被保全権利適格を有するものとしても、保全の必要性の疎明がないものとして却下を免れないといわざるを得ない。

三  分譲住宅の売買契約の余後効を根拠とする不動産販売差止について

債権者らは、分譲住宅の売買契約の余後効を根拠としても申立ての趣旨第一、二項の仮処分命令の申立てをしている。ところで、この契約の余後効的義務は信義則上の義務と観念されるところであり、これをわが民法において承認するとしても、その価格が市況により変動することが予定されている市場性のある商品の売買契約において、その余後効的義務の内容として当該商品の売買契約締結後(契約終了後)に、他の同種同等の商品をそれ以下の代金で売買することにより間接的にその財産的価値を減少させることのないようにすべき義務まで包含するものと解することは到底できない。学園前ガーランドヒルの分譲用物件も右市場性のある商品に属することが明らかであることからすると、右余後効的義務を根拠とする申立ての趣旨第一項の仮処分は、被保全権利の疎明に欠けるものとして許されないといわざるを得ない。また、分譲地売買契約の余後効的義務の中に分譲地の周辺環境を保持すべき義務が含まれ、債務者においてこの義務を負つていると解されるとしても、この作為給付請求権を被保全権利として申立ての趣旨第二項の仮処分が許されないことは、前記二で判断したとおりであるうえ、余後効的義務に違反してはならないという不作為義務に違反した場合に、違反した契約当事者に対して損害賠償を請求することはともかくとして、右違反行為の差止請求が許されるのかどうか疑問であり、仮に許されるとしても、右を被保全権利とする違反行為の積極的差止め、あるいは違反してはならないという不作為の仮処分については、保全の必要性についての強度の疎明を要するものと解するのが相当であり、本件においてはこれらの疎明がなく、この点からも債権者の本件仮処分命令申立ては理由がないといわなければならない。

四  保全の必要性について

1  前記二、三で判断したとおり、債権者らの本件仮処分命令申立ては、いずれも被保全権利の疎明に欠け、また二2及び三で説示したとおり保全の必要性についての疎明にも欠けるものであつて却下を免れないが、仮に被保全権利が肯定されるとした場合、本件においては、債権者らが本件仮処分命令によつて果たそうとする目的が、保全の必要性との関係で、二2及び三で指摘したことのほかにも問題となるので、なおここで検討することにする。

2  本件疎明資料に審尋の全趣旨を総合すると、以下の事実が一応認められる。

学園前ガーランドヒルは、近鉄奈良線学園前駅の南方約三キロメートルにある丘陵地を造成した住宅地であり、同駅周辺の住宅地は、申立外近鉄不動産株式会社によりいわゆる高級住宅地として開発された地域で、バブル経済のころには関西圈において最も地価の上昇の激しかつた地域に属していた。バブル経済の崩壊を背景として、債務者は、平成三年ころから、学園前ガーランドヒルの物件の一部を債権者らが購入した価格に比して相当低い価格で販売することを開始した。同年二月ころ、近鉄不動産株式会社等の大手不動産会社が奈良県生駒市北大和の新興住宅地で住宅を分譲する際、一戸当たりの販売価格を最高で約四〇〇〇万円値下げし、値下げ前に購入した顧客に対し値下げ分を返還するという事件が新聞に報道された。債権者らは、同年四月一日に合同委員会を結成し、債務者に対して販売価格の値下げについての反対等を中心とする要求を提示し、交渉を申し入れることにした。合同委員会は、同日債務者及び西松住建に対し、文書で販売価格値下げに関する疑義についての協議を申入れたが、債務者及び西松住建は、合同委員会との協議を拒否し、債権者らとの個別交渉に応じるとの態度を示した。しかし、合同委員会からの数度にわたる協議会開催要求の結果、同年六月二九日に西松住建の本社において協議会が行われることになつた。同日の協議会において、債権者らは、債務者に対して値下分に相当する差額の補填を求めたが、債務者はこれに応じようとしなかつた。その後も債権者らは代理人弁護士を通じて差額合計五億六八八九万円の返還の申入れをしたが、債務者において差額の返還を拒否するばかりか、平成四年一月ころには差額の補填についての交渉さえ拒否したため、債権者らにおいて、本件仮処分命令の申立てするに至つた。そして、本件審理において、債権者らは本件仮処分を申立てたのは、販売の差止めによつて資産価値の下落を防ぐこともさることながら、債務者が差額返還についての協議に全く応じないまま値下げを強行しようとするので、話合いの場を設定して、互譲の上円満解決を図る道を探るという意味もあつた、値下げ販売禁止の仮処分が認められれば、債務者もどうしても売れ残りを完売したい必要上、債権者との話合いに応じることになろうと主張している。

3  右認定の事実からすると、債権者らが本件保全命令を申立てた趣旨は、債権者らの資産価値の減少を防ぐことと債務者に学園前ガーランドヒルを高級住宅地として定成させるためであることに加え、値下がりによる損失補填を図ることもその目的としていることが明らかである。ところで、本件において債権者らは、右のとおり保全の必要性に関して、大幅な値下げ価格による分譲の継続により低価格の取引相場が形成され、そのため債権者らが債務者から購入した分譲住宅の資産価値が大幅に下落して著しい損害が生ずること及び債務者が他の業者に本件分譲住宅を譲渡されれば債務者の債権者らに対する作為給付請求権の実現が困難になると主張している。前者の主張については、先に説示したとおり、需要と供給のバランスから決定される時価と離れて自由に分譲不動産の販売価格が設定されるものではなく、例え債務者において債権者らに対する分譲価格と同一の価格での販売を継続したところで債権者らの取得した分譲住宅の資産価値が維持されるというものではなく、ましてや学園前ガーランドヒルの区画については国土法による規制を受けるため(この点は当事者間に争いがない。)、債務者においてその規制価格を上限とした価格設定しかなしえないし(債権者らは規制価格で押さえられた分は住宅の価格に上乗せしていたと主張するが、その主張のとおりであるとしても上乗せできる価格には自ずと限界があるとみられる。)、バブル経済の崩壊以後においては不動産価格の下落とともに国土法による規制価格も下降していることは公知の事実であり、債務者としては、個々の物件の売買契約に当たり、いきおいこの下落した国土法による規制価格一杯での販売価格設定をしなければならない状況となつていることからしても、債権者らへの譲渡価格を下回つてはならないことを仮処分命令により要求することは国土法の規制価格を超えての販売を強要する結果になり妥当とはいいがたい。債権者らは国土法の規制価格との関連で、申立ての趣旨第一項について、債権者北口隆、同丸久鉄工建設株式会社、同坂井伸五、同坂井仁美及び同浦成男らが債務者から購入した各物件について、国土法による規制価格の上限を調査するためとして、平成四年七月三〇日から同年九月一四日までの間に、国土法二三条一項の規定に基づき奈良市長に対して売買の届出をし、これに対する各不勧告通知を得たうえ、これを基にしてその規制価格以下での販売を禁止する旨の申立ての予備的追加的変更をしているが、国土法による規制価格は変動するものであり、平成四年九月以後も不動産価格の下落傾向が続いていることは公知の事実であることからして、結局、右予備的申立ても右と同様に妥当性に欠けるものといわざるを得ない。したがつて、債権者らの資産価値の下落による損害を回避するために本件仮処分命令を求めることは、保全の必要性の見地からしても許されないというべきである。また、保全の必要性に関する後者の主張が失当であることは前記三で説示したとおりである。

4  なお、右認定の本件仮処分命令申立てに至る経緯からすると、本件仮処分は、債権者らにおいて分譲価格の値下げによる差額相当の損失の補填を図ることも目的としていることが明らかであるから、民事保全との関連で以下において判断することとする。

債務者において債権者らの資産価値の減少は、バブル経済の崩壊による不動産価格の急激な下落が原因であると主張するけれども、前記の別紙「債務者会社の値下げの経緯」に記載のとおり、その原価は明らかではないけれども、債務者が分譲物件について設定した当初価格から値下分を控除してもなお相当額の利潤が残るものであることは容易に推測できることからすると、この差額分は適正な利潤を上回る利益を顧客の損失において利得しようとしていたものであるとの疑いが生じる。バブル経済の崩壊による損失は、顧客においては相当に高額なものを買わされたことによるそれであるのに対して、売主においては相当な利益を儲け損なつたというものであることからすると、債権者らにおいてその差額の返還を要求したい心情は十分に理解できる。しかしながら、その差額の返還を法律上求めることができるかどうか、そしてこれができるとしてもその金員返還請求権を被保全権利として本件のごとき仮処分が許されるかどうかは別問題である。本件においては差額返還請求権なるものが被保全権利として主張されていないし、またその疎明もされていないのでその存否についての判断を留保せざるを得ないが、仮にその法律構成はともかくとして、債権者らにおいて債務者に対する差額に相当する金員の支払請求権が認められるとしたときに選択されるべき民事保全としては、その請求権の仮の実現を図らなければならないという緊急の必要性がある場合には金員支払仮処分により、そのような緊急の必要性がないが将来の強制執行の保全措置をとつておく必要があるときには債務者の財産に対する仮差押えによるべきものであつて、申立ての趣旨第一項のごとき仮処分は、民事保全の本来の趣旨目的に反するものであつて許されないというべきである。

第四  結論

以上の次第で、債権者らの本件仮処分命令申立ては、いずれも被保全権利並びに保全の必要性についての疎明がないからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮城雅之 裁判官 岸本一男 裁判官 山本和人)

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